一生の悦び

おはようごいざいます。

「にんげん学」神戸講座ご出席の皆さんありがとうございます。嬉しいですね、一ヶ月一度予定を確かにして待っていてくださる。学びはこのような喜びももたらしてくれます。それだけで心が温かくなり豊かになります。
昨夜は余り進むことができず済みませんでした、Tさんに指摘されるまで知らずに先月お話しさせていただいていたところをお話していて、お詫び申し上げます。指摘していただいたことも嬉しいことでした。来月の本年最終講座も宜しくお願いします。
習うとは「繰り返し行うこと」です。学び、習うことは繰り返すこと、繰り返しは「楽しくなければできません」。繰り返しを楽しくやれるのは教えを信じていればこそです。
繰り返しは「おさらい、復習」にもなり、より一層の学びの効果が出ます。学び習うことの素晴らしさ、すごさ、ですから繰り返しの大切さ、重要性を教えるのです。
繰り返しができるようになりますと「一生の悦びを手に入れることになります」。学習は人生生涯の悦びです。先日書きました「一燈」。
一燈を掲げ歩んでもつまずくときもあれば、道草を食うときもあり、人との関わりの中で食い違いも出ます。しかしこれらは学び習うことによって生じた事であって、むやみに歩んで起きたことではありませんので、悩み苦しむことにはならず、修正することを教えてくれた、新たに学ぶことの悦びを与えてくれたと受け止めることができるのです。
事に当たり、なんで?などと疑問を起こすようでは、慢心という病に冒されているのです。自慢するために学ぶのではありません、昨日の老子の教えにもありました。褒められるために学ぶのでもありません。そのようなことは二次的三次的なことなのです。
慢心すればそれでおしまい、学び習う一生の悦びを放棄するのです。来月は最終講座、笑顔で一年の締めくくりの挨拶を交わし、繰り返すことの悦びを分かち合いましょう。元気にお過ごしください。
学び習うことを重ねれば重ねるほどはつらつとした人生を歩めます。今日も楽しい一日としましょう。

世界平和をお祈りいたしましょう。Flower in your mind・ありがとう・心に華を咲かそう。日々の徳目、勤勉・質素・社会と人のために一隅を照らす。  合掌
 私たちは東日本大震災の復興、豪雨災害の復興を祈り応援します。
ホテルから見える山並みです。