転んだ先の

おはようごいざいます。

私たちは何かしら必ず問題が生じます。迷ったときには計算で間違えば、方程式、計算法に従いやり直せば、正しい答えは導くことができます。では人生、対人関係で問題が生じたとき、何を頼りにしますか皆さんは。
私は祈りと心学です。人生は如何ともならない、どうしようもできないと思われる状況に遭遇する場合があります。そのような時に「杖とするものを持っている人、持っていない人とはやはりその後の対処で人生の展開は大きく違ってきます。
祈り、心学は「人生が困った方向に転がっていかないように、如何に考え行動すべきか」を説いています。いわゆる「転ばぬ先の杖」です。また「転んだ後の杖でもある」のです。
このことを確かにしていますと、このような言葉、自棄(やけ)のような言葉を言わなくなります「祈っても一緒や、勉強しても一緒や」、このような言葉を発するのは、「実践して後に修正することが本当の学びという教え、考え方を知らない」からです。物事を知ったぐらいでできることなどないのです。
不幸なできごとに遭ったり、失敗したり、苦境に陥ったりなど、何か困った事になったときに「経文を唱え祈り、心学の書を読みますと」、「本質に立ち返って人生の軌道修正が叶う」ことになるのです。
お経や心学の書は「困ったらこうしなさい」とは教えていません。しかし、自分の考え方や行動に「何が原因で、幸せへと向かう軌道が外れたのかを示唆してくれる、反省を素直にすることの重要性を教えてくれる」のです。
人間とはやっかいな生き物で、素直に人様のアドバイス、助言を聞き入れる人は少ないのです。せっかくのアドバイスや助言を虚しくして大切な人やお世話になった人との縁を切ることほど愚かなことはありません。
このことを知ること、体得することができるのが、感謝の祈りができる人でもありますし、祈り、学びの真骨頂です。
お経を唱え、祈り、心学の書を読むことによって、「自分の中に在る苦悩や不幸の原因に気づき、立ち上がることができる」のです。それが「転んだ後の杖」となるのです。混迷の社会の中にあって、祈り、心学を学べば、どういう状況に陥ろうとも、スッキリと解決してくれるのです。
「先が見えずに迷ったとき」「人間関係で悩んだとき」「孤独にうちひしがれたとき」「四面楚歌(しめんそか)に陥ったとき」「人に裏切られたと感じたとき」等々、自分自身を立て直し「やるぞ〜」との思いがふつふつと湧いてくるのです。明日は24日ですので下関・愛宕寺「月例・幸福開運護摩祈願祭」。午前10時から始まります。神秘の護摩の炎、災厄を燃やし尽くし、それを糧にする護摩に祈り幸福感を味わいエネルギーとしましょう。
心華寺では明日から一泊二日で「M&Uスクール」が開校されます。参加者の皆さん気をつけておいでください。素晴らしい一日でありますよう。

世界平和をお祈りいたしましょう。Flower in your mind・ありがとう・心に華を咲かそう。
日々の徳目、勤勉・質素・社会と人のために一隅を照らす。  合掌
下関駅で。