自分が自分を

おはようございます。

12月も中旬、大いなる反省と「因循姑息にケリをつける」最終段階です。物事は「一から始まり」ますので、「一つにケリをつければ、あとはすべてケリがつきます」。あれも、これもと考えずに「一つケリをつけましょう」。
「こう在りたい」と考えていながら、ならないのは当然のことですが、心を練り上げていないことです。少しの困難でも嫌がる、乗り越えようとする気概を養っていないことにあります。
それは「こう生きようという覚悟ができていない」「志がない」ともいえます。ですから楽しいことや苦しいことに出会えば、己の心で己の心を乱してしまう。しかし、このような人は「己が己を乱している事すら気づいていないのが難儀でもあるのです」。それは「覚悟がないから」「修養しようという志がないから」です。
「事を成し遂げていく人は、落ち着きはらって穏やかであります」。何故ならば「日々為すことが確かだからです」。この在り方が、事を為すことの出来る大切な資質でもあります。このような人は、「心が浮つかず、自我が確立されている」からです。
ところが、事が為せない人は「ひとりのときの過ごし方を知らず(修養せず)、寂しさに耐えられず。その一方で、人に会えば日ごろ思うところを口に任せてほとばしらせ、べらべら話しまくる」のです。故に「修養ができていないにも関わらず、できているかの如く錯覚を生じる」。
これでは、どんなに心が清く高い志をもっていても、人徳は備わりません。私たちは「このように歩むぞ」と決めたとしても、「縁は選べない」のです。その「縁を縁(糧)としてこそ花も実もある人生と化す」のです。だからこそ何事があったとしても「心の平静を保ち、繰り返し修養することが大切なのです」。繰り返すライフワークです。
今夜は「にんげん学」京都講座「老子を読む」、「天は無慈悲」、無慈悲なるが故に気づき目覚めた者が大いに「道を生きる」というタオの話し、ご一緒に音読をしましょう。
本年の最終講座です。会場でお待ちしております。今日は「自分にとって動じない学びは何だろう?」という思いで過ごしてみてください。良い一日でありますよう。

世界平和をお祈りいたしましょう。Flower in your mind・ありがとう・心に華を咲かそう。
日々の徳目、勤勉・質素・社会と人のために一隅を照らす。  合掌
大学在学中心華寺から修学生として通っていたTさんのお嬢さんが大学に合格しましたと、お礼まいりをしてくれました。そして弟さんは愛知県にあります、海陽学園中学一年、冬休みで帰省しましたと挨拶のおまいりです。嬉しいですね。

大阪のKさんが毎年大理石制の干支をお持ち下さいます。Kさんありがとうございます。

「にんげん学」東京講座へご出席のWさんからいただいた冊子です。落ち着いて拝見しましたら素晴らしい内容でしたのでお知らせ致します。
介護を受ける方も、介護のお仕事をなさる方もお互いが楽しく明るく支え合うためには?という内容です。これからの時代には大切な施設でありお仕事ですのでご紹介します。