堅物では?

おはようごいざいます。

「にんげん学」一宮講座ご出席の皆さんありがとうございます。30分開講を早めましたがキチンとお出でいただき感謝いたします。
昨日は「堅物にならない」ことを論語から学びました。「子曰く、吾れ未だ徳を好むこと色(いろ)を好むが如くする者を見ざるなり。」(子罕(しかん)第9、18)。
意は「美人に熱をあげてそばにおく人物はたくさん見てきたが、有徳者を同じように尊重してそばにおく人は見たことがない。」。
ドキッとしませんか皆さん?。私はドキッとしました。この条は「女性を好むことを引き合いにして「徳」について語られている」のです。理想主義で潔癖な人物だと思われがちな孔子ですが、孔子は禁欲を推奨しているわけではありません。
雍也(ようや)第6、28条に「子、南子(なんし)を見る。子路説(しろよろこ)ばず。夫子(ふうし)これに矢(ちか)って曰く、予(わ)が否(すまじ)き所の者は、天これを厭(た)たん、天これを厭(た)たん。」。
という条に、不品行で有名な衛霊公(えいれいこう)の夫人、南子(なんし)と会うことを弟子の子路に責められている場面もあります。
この条を読みますと、徳=禁欲ではないということがわかります。孔子は欲がないことが徳であるとはいっていません。「徳のある人は禁欲的な人だ」と思い込んで「融通が利かない人になるな」ということです。
徳のある人になるためには、恋愛も大切であるのです。「どちらも人を育ててくれるもの」だからです。
「どちらかに偏るのではなく、恋愛を楽しむように徳を愛し、バランスよく行いなさい」と孔子は教えます。恋愛はご法度だと思い込んで恋愛をしない人は、おそらく徳を愛することはできないということではないでしょうか。
人生を楽しむことは「徳へ近づくことでもある」のです。
「人を愛する=恋愛は決して悪いものではない。人生を楽しく豊かに生きるためには恋愛をすることも大切です」。
「徳を愛する=「徳」は人生をよりよく生きるために欠かせないものであり、「徳」を大切に育て、学ぶことが必要です」。
恋愛も、徳を愛することも、どちらも人様を大切にしなければ成就しません。欲望だけでは何事も実らないことを知りましょう。今日は徳を大切にしましょう。徳とは私たちが生まれながらにして授かった能力です。それを使って人様のために生かすことです。愛は「尽くすことに在り」です。尽くされたいと願ったときから・・・・苦痛が始まります。

世界平和をお祈りいたしましょう。Flower in your mind・ありがとう・心に華を咲かそう。
日々の徳目、勤勉・質素・社会と人のために一隅を照らす。  合掌
懇親会です。皆さんありがとうございます。



前菜(菜花の生ハム巻、姫皮の梅肉和え、枝豆、自家製ローストビーフ

寒ブリカルパッチョ

だし巻き卵

お好み焼

グリーンサラダ

牛肉のサイコロステーキ

フルーツ

一宮の皆さんにもお祝いいただきました。