キャッチボール

おはようごいざいます。

愛宕寺「月例・幸福開運護摩祈願祭」おまいりお手伝いありがとうございます。人生共に在ることほど喜びはありません、それもお互いが思いやりを厚くしている方々とご一緒する、ありがたいことです。
思いやりを感じ共にしますと、相手の言葉、アドバイスを素直に聞くことができるのが良いですね。それは相手を思いやる素直な心から出る言葉だからです。そのことをお互いに感じ合い響き合いして受け止められるのではないでしょうか。
愛宕寺も心華寺も、「にんげん学」各地の講座でも同じです。お誘い、働きかけはしますが、強制はしません。御仏は「強制という脅(おど)しは厳に戒めています」。「善勧(ぜんすす)むる事なかれ」という教えもあります。キチンと意思の疎通ができているか否かを知ってから言いなさいというのです。
友に頻繁に注意をしたり意見をしたり、何か教えを説こうとしょっちゅうしていますと、せっかくの仲も嫌がられて毀(こわ)れかねないのです。善勧むるなかれです。
いくら良い教えでも人間は意外に天邪鬼(あまのじやく)なものです(性質が素直ではなく,人に逆らってしまう)。良いことであればあるほど素直になれないという、はなはだ難しい性質があります。
ですから、共にするという意識を持って精進し「言葉で説得する前に行動で示したい」という気持ちで日々修練をしています。論語、里仁(りじん)第4、22条「子曰く、古者(こしゃ)、言(げん)を出(い)ださざるは、躬(み)の逮(およ)ばざるを恥(は)ずる也(なり)。」
意は「古の人たちは、言葉を軽率に発表しなかった。実践がそれに追いつかないことを恥としたからである。」
不言実行の教訓としては、為政(いせい)第2、13条にも「子貢(しこう)、君子を問う。子曰く、先ず其の言を行うて、而うして後に之れに従う。」と言っています。
意は「君子すなわち紳士たるものの資格についての、問答です。弟子の子貢(しこう)が、君子の資格を問うたのに対し、孔子の答えは、不言実行ということであった。先ず其の言を行うて、而(しこ)うして後に之に従う。すなわち、言語としてあらわすべきものを、まず行動としてあらわし、その後に言語が行動を追いかける。」というのです。
上のような行動であれば、あの人は「良い人柄だなぁ〜」と人様が評してくださるようになるのです。
師が、「最誠、行動実践していれば、自ずから光り輝くものだ、香るものだ」と教えてくださいました。いくら言葉が立派でも行動がともなっていなければ、信用されるどころか、人間性を自ら貶(おとし)めるもの。「行動の後に言葉を発するようでなければいかん」と諭して下されたのです。
人様にボール(言葉)を投げたら、こちらの意をしっかりと受け止めて、投げ反して欲しいと思っています。
人は感情を持っています。正しい言葉でも強制するようなボール(言葉)を投げれば、人様には「お前さんは、そこができていないのだという指摘、人様の心を否定するボールを投げることになり、確かに受け止めてはくれず、正しく投げ反してはくれない」のです。
私たちの心は複雑であってややこしいものです、良いことを知りたい、向上したいという気持ちはあったとしても、「相手によって素直になったり、反発心を起こしたりするもの」です。であることを知って、「対人関係を結ぶに当たって、「どうあるべきかを確かに己に問うべき」でしょう。そのことを教え気づかせてくれるのが「祈りであり、素直な懺悔、反省であり心学」です。
私たちの心の中に潜在的に在る向上心、皆様の家族を愛する行動力に響くよう日々在りたいと念じ過ごしています。しかし、言葉も大事です、だから日々このようにブログも書かせていただいています。
明日は「にんげん学」小倉講座「老子を読む」、老子はTao、自然に在りなさい、と説きます。花は無心に咲き、人を惹きつけます。今日は無心に教えを実践しましょう。

世界平和をお祈りいたしましょう。Flower in your mind・ありがとう・心に華を咲かそう。
日々の徳目、勤勉・質素・社会と人のために一隅を照らす。  合掌
この小さな一灯が万灯となります。自分の小さな存在、行動が大きな力となるのです。


皆さんへと「アクリルたわし」を門司からおまいりのGさんにいただきました。とてもきれいになるそうです。心もきれいになります、Gさんありがとうございます。「拭く」が「福」になりますようにとGさんの思いが込められています。