敷衍

おはようございます。

「にんげん学」東京講座へご出席いただきありがとうございます。論語最終章、堯曰(ぎようえつ)第20、孔子は先人の教えを否定せず敷衍(ふえん)することを使命、天命として生涯を歩みました。温故知新(おんこちしん)という言葉が教えているように、先人の土台があってこそ今日があることを大切にしたのです。来月10月は7日(金)です。最終章は論語の集大成です、ご一緒ください。
昨今の社会世相を見ますと、何か自分勝手に成長したように考えている人が多いように見受けます。そして社会を震撼させる事件が起きているように思います。人を大切にする、先人を大切にする、教えを大切にするというごくごく当たり前のことが失われている故の悲劇が多すぎます。
堯曰篇では宝は物やお金では無く「人だ」と明確に教えています。「物やお金を生み出すのは人です。」この当たり前の事実から現代の人は「目を背けているような気がしてなりません。」宝は人だからこそ孔子は先人の教え、賢人の教えを大切に敷衍し教えたのです。どのような状況に置かれたとしてもモチベーションが落ちない人間を作るためです。
先人の足跡を踏むことは容易ではありません、容易ではありませんので、それを目指して歩もうとする意欲が大事です。先人と同じようになれるはずもありませんが、先人の心境、人に対する思いやりは大事です。そこを目指して工夫することで己が磨かれるのです。先人を目指すという意識は「謙虚さ」です。謙虚で控えめな言動に人は関心を寄せるのです。
学びは「まねぶ」ことです。「演じることです。」自分が感動した先人の教え「せりふ」を覚え、「その通りに演じることだと私は思っています」。
世の中のスターを見て、何故彼ら(彼女)はスターになったのでしょう。「台詞(せりふ)に自分の感情を移入して自らのこととして演じたからです。」だからヒロイン、ヒーローになれたのです。
対人関係においての礼儀・礼節、交わす言葉を心学は教えるのです。なぜか?人は計算や他の技術は覚えようとしますが、人様との会話、交際術を確かにしようと考えていないのです。
人間の基本は礼儀、礼節です。今日は同様に一週間を静かに振り返り礼儀、礼節が確かであったかを反省してはいかがでしょう。
明日は心華寺「月例・幸福開運護摩祈願祭」午前10時から行います。お祈りは「まねぶ原点です。」「礼儀、礼節の原点です。」お出かけ下さい。共に祈り歩む幸せを体感しましょう。

世界平和をお祈りいたしましょう。Flower in your mind・ありがとう・心に華を咲かそう。
日々の徳目、勤勉・質素・社会と人のために一隅を照らす。  合掌
私たちは「熊本・大分地震」の復興支援を応援します。ボランティアの皆さんご苦労様です。気をつけて作業お手伝いしてください。感謝いたします。
☆「にんげん学」東京講座ご出席の皆さんありがとうございます。