敬と恥

おはようございます。

今日3月11日、6年前午後3時前、「にんげん学」東京講座で上野、岩崎別邸に「ぶら和尚」で行っていたときグラ、グラッと大きな揺れ恐怖感が走り、阪神淡路大震災を思い出し建物の外に、忘れることのできない、忘れてはならない一日。
私が感じた驚き以上、東日本の皆様は今でもその恐怖心で夜眠れないのではないでしょうか、今でも行方不明の方が沢山おられ、不自由な暮らしをなされておられる方も大勢です。
改めましてお見舞い申し上げますと共に、犠牲になられました皆様に心よりご冥福をお祈りいたします。
いっそう自然を敬わなければなりません。自然と共に生きていくことです。自然界は消滅を繰り返しながら、再生発展、進化し蘇り続けます。人間が人間の都合で再生できないような物を作ってはならず。いくら便利であったとしても、循環しないようでは害にしかなりません。
私たちの心の有り様も同じです。固定化してはならず、再生、循環しなければならない。でなければ自らを自らで害するのです。
自分の心を頑固にせず、柔軟に保つには「敬と恥を知る」ことです。敬と恥は本能。自分を偽らない。誤魔化さない。この二つは偉大なものです。偉大なるが故に、多くの人、物と出会うことができる。良い出会い、素晴らしい縁をと願っても、良い出会いのならない人の多くが敬と恥から「目をそらしている」。
敬と恥を直視すると、素晴らしい人、現実と遭遇したとき「これだ、このとおりだと自得する」。これをやっていこうと「発心する」と同時に「自らの心を省みる心、恥を知る」。敬と恥の本能のすごさ。
この「敬と恥の本能」が「自分を豊かに導くのです」。しかし、敬は尊いもの故、普段の努力が必要となる。それには年齢を問わず、まず目の前の人を敬することです。敬する心は「理想主義」ともいえる。恥は「現実的である」。だからこそ、進化できるのです。
恥ずるという心は誰もがそのままに、「その場で持ち得るもの」。だから理想をもたなければ、逃げる人生をつくり、夢を持たないつまらない人生と化すのです。
恥は根本的な衝動、だからこそ、この強い衝動を理想に向けることです。今日は6年前に悲しくも犠牲になられました皆様を目の当たりにした衝動を理想に向けていく日としましょう。犠牲になられました皆様のご冥福をお祈りいたします。そして一日も早い復興をお祈りいたします。
昨日午前10時に入山されましたUHA味覚糖株式会社、平成28年度入社社員フォローアップ研修の皆さん夕方までご精進ください。初めての体験、やらされる経験、辛い、苦しい、なれないことに直面したときこそご自分の真価ととらえチャレンジください。きっと素晴らしい新たなご自身と出会えます。

世界平和をお祈りいたしましょう。Flower in your mind・ありがとう・心に華を咲かそう。
日々の徳目、勤勉・質素・社会と人のために一隅を照らす。  合掌
☆樒の小さい白い花、そして沈丁花の小さな花が豊かな香りを漂わせています。小さくとも私たちには香りがあることをおしえてくれています。


沈丁花です。