習い慣れる

おはようございます。

寒くなりました。これからの挨拶はお寒いですね〜、と交わされます。挨拶という習慣があって良かったことです、話のきっかけとなります、そこから身近な情報が得られます。
会って直ぐに挨拶もなしで話というのでは味も素っ気もありません。そのような味のない人とのお付き合いはご免蒙りたいですね、時候、季節の挨拶は親近感を互いに持つためにも大事です。
上下関係にある場合には特に大事です。下の人から挨拶を貰ってからではいけません、上に立つ人から先に親しくすべきです。そうすることで部下の人達も心が和むのです。朝のちょっとした心遣い、気配り一つで上下関係、人間関係が大きく違ったものとなり一日の仕事が軽快になるのです。
「習い慣れる」。
習慣と慣習はまったく違います。挨拶は慣習に近いかもしれません。しかし挨拶によって話題が広がることを知って挨拶を用いるとなればこれは「習慣」です。挨拶が出来ないと言うことはこの「習慣の偉大さを知らない人」でもあります。
物事を知って用いることを「習慣、習い慣れる」といいます。
何も考えずに皆がやっているからやる、というのは「慣習」。どちらも大差はないのですが、知って意識して使うことをすれば、何事でも「習慣の偉大さを知る」こととなり、結果に「大きな違い、差が生じて来る」のです。
「子曰く、性は相近し。習うことは相遠し」と論語陽貨篇第十七、第二条にあります。
私たちの天性は人との間に大差のないものですが、「その後の習慣によって大きな距離の差が作られる」という意味です。
無意識であれ、意識的であれ私たちは習慣の生きものです。それを想えば習慣の大事を知り、漫然とすごすべきではありません。日常の過ごし方、在り方で年を重ねているのが私たち。
大人になればなるほどその差が広がるのは日々の習慣の違いから生じるのです。それを知ったなら「自分を作る良い習慣を持つこと」です。
習い慣れることを体感しますと、やる気、モチベーションを失わず、習慣から発想も豊かになります。習慣は第二の天性、惰性で生きることほど人生を虚しくするものはないのです。
はやぶさが「いとかわ」から7年を経て持って帰った宇宙の情報はまさしくこの「学問科学の習慣」の為せる技の驚異でありましょう。

世界平和をお祈りいたしましょう。Flower in your mind・ありがとう・心に華を咲かそう。               合掌