日常生活になってこそ修養

おはようございます。
 入院して3 日目の朝、どんな時でもやはり「不平不満は言ってはいけない」ことをしみじみと感じています。心を自ら騒がせ、落ち着かなくなるのです。自由に身体が動いている時には余り感じない感情でした、それは不平不満からは修養、豊かな人生をもたらすことはできないと自覚できず、進化せず、心の退化が始まり人を疑うことになっていたからです。
 何度も書いていますが、学ぶ、修養することは行住坐臥、日常生活に無意識に現れてこその修養です。人生、行住坐臥、日常茶飯事、普段の人間関係、仕事、のすべての基本である家庭生活に自然体に現れてこそ人生です。
 これまで、どれほど多くの機会に利他を説き、書き、話してきたことでしょう。それらはすべて私の戯論(けろん)、誤った考えだったと言うことです。今の私の行住坐臥は新弟子時代の「一畳分が身の置き所」「見える世界が私の世界」。無限なる自由な世界は「この心の中にあるのです」。天台の教えに「一念三千世界」があります。一念の中にすべての世界があるという教え。「妄想も悟りも」。今までの私の「一念を試されているように思い、自分で自分を笑っています」。あぁ私の階段は一㍉もなく、ようやく一念が少し感じられたようで、一人ほくそ笑んでいます。
 ようやく、一念のとらえ方が少しだけ一歩踏み出したようで今日一日どんな思いが私に待っているのかが楽しみです。

 慈悲、利他の修養に関わらず、皆さんが日々携わっていますお仕事の学びや知識は、自分に活かすためではなく、「利他」であることをお忘れありませんよう。私はこの「大本」「根本を見ていなかった」のです。

 不滅の法灯をご分灯いただき「20年を経てようやくに、根本中堂」という大きな教えに気づかされたのです。ようやく悩みが悟りであり、利他といいながら、自分の悩みとしていたかを思い知らされ、気づかされたことに快哉を叫びたくなります。
 昨日一日の入院暮らしで少し楽になり、身体の元気な時の動きをして、新たな苦しみを味わい、まだまだ今の暮らし慣れず、医を軽んじ、教えを軽んじているようです。実践があってこそ初めて己の修正箇所が見えてきます、楽しみます。
 今朝もそれなりに元気にしています。朝ご飯が待たれます。私の朝ご飯は八時頃です。まだの方はご一緒ください。今日も楽しい気づきをしましょう。

 午後からはNPOこころのはな「子ども食堂」開店日です。正午までご予約を受けつけております。小学生以下は無料、中学生以上保護者の方は300円ちょうだいしております。0774-45-5561迄ご予約ください。予約後のキャンセルの場合も必ずお電話を入れてキャンセルしてください。お待ちしております。
 
世界平和をお祈りいたしましょう。Flower in your mind・ありがとう・心に華を咲かそう。
日々の徳目、勤勉・質素・社会と人のために一隅を照らす。